善と悪

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爆走!!強妻頑母がゆくへのトラックバック。

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世の中において、光と陰とか善と悪とか、
そういう相対するモノのすべてが存在してこそ、
進化とか発達とかってのが生まれるんだとは、
わがオット、ダディの口癖なのだが・・・。
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マムさんが書いているように、私はマムさんにそのように言う事があります。

マムさんは、なにせ強妻頑母ですからね、人の評価には厳しいところがあります。
時として、ニュースなどで話題となる好ましくないと思われる振る舞いをされる方に対し、自分の考え方で「絶対に良くない!」と論じることはしばしば。

ああ、いえ、単にそのことに対しては特に問題ないと思うんです。ホント。
自分の考え方を確認することは、生活する上で不可欠ですからね。

でも、正しい考えを持っている人も環境が変われば悪人にもなりますし、逆に悪人も正義であると見なされることも有ります。
例えば地球は丸いと言って罪人になった人もいたように記憶していますし、戦争という大義名分の中で人殺しがまかり通るなんて事も有りますよね?

そういえば、家の中では靴を脱ぐという当たり前のことも、欧米に行けばそうじゃない。
いや、日本だって旧石器時代(←これ不正確、思いつきです)以前に遡れば、外だ内だなんて境目も気にもしなかったはず。

要するに、善だ悪だというのはその時代の、たまたま置かれている環境のもとに相対的に下された評価であって、絶対的なものではないような気がするんですね。

そして、どんな時代のどんな環境のもとでも、善悪というメジャーは必然的に作られ、その中で競争淘汰が始まります。
これが生き物の進化の源になっているわけですね。

そんなこと言っちゃうと話にもならないって? ・・・確かに。
マムさんにこんなこと言い始めると、怒られちゃうんです。
ま、物事を一生懸命に考えるということがマムさんの良いところで、やもすれば話を丸めてしまいがちな私に、いろんなことを教えてもらっているのも事実。
そして、家庭内のやりとりはともかく家族以外の人に、"何とかの品格"的対処をしているマムさんはやっぱり強妻頑母です。

でもね、話は話。
そういうこと(前述のように)なんだから、余裕を持ちましょうよ。


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コメント(3)

ダディ :

うーん、なぜか強妻頑母頑母サイトへトラックバックが飛ばない。又、課題が増えてしまった。

tokumei :

やっぱり、ダディさんはとても大きな視野をお持ちですね。
素敵です♪ダディさんも更新頑張ってくださいよー。

ダディ :

tokumeiさん、書き込みありがとうございます。

いえいえ、大きな視野なんて恥ずかしいばかりです。確かに論じる力を多少持っているかもしれませんが、それを実現する手段を持ち合わせていない愚か者だと思っています。

会社の仕事となるとそこそこの自信も有ったりするのですが、こと人付き合いの方面になるとからっきしだめですね。

しかしマムさんは、感心ものです。
私が一つ論じる間に十もの行動をこなして見せます。

そして、私よりも人の価値を良く理解している人間でもあり、その判断力と前述の行動力で人を助けてみせることもしばしばあります。(←詳細は割愛しますがこれ本当の話)

又、近所やPTAなどの世界で、多くの人が疎むような振る舞いをしていらっしゃる方にも、その人をなるべく傷つけず、そして周辺の人にもその人が傷つけられたと思わせないような、巧妙な方法でまとめてしまうといったことをやってのけます。

だから、「まず自分が勝ってて、いろんな事が出来ない、あるいは余計な事をしてしまう人たちが劣っている」という感覚は、マムさんに最も近くにいる私には感じ取れません。

ただ、全ての事に100点(以上)を出そうとしてしまうので、いつも忙しくしていて心配なのです。
「俺だったら60点で止めておくよ」とか「切ってしまった方が合理的だよ」と言ってもだめなのです。
そういう意味で余裕を持ってほしいと願っているということが私の投稿の趣旨で、決してマムさんの対応を戒めているつもりは有りません。

しかし、文章にするとなかなか真意が伝わらないですよね。
第一に相手の顔は見えませんから笑ってるのか怒ってるのかすらわかりません。口調だって、ゆっくり読むのか早く読むのかということだけでも相当な違いが生まれます。
更に日本語そのものにも原因が有るようで、同じ意味を書き連ねたとしてもそれぞれの言葉に幅があり、又、それを読む人の生い立ちによって、その行間の読み方が変わり、結果として誤謬が生まれます。

いえ、むしろ日本人なのですから、言った言わないといった欧米的なロジカルな事柄を優先するのではなく、それはきっとこういう意味なんだと理解できる、なんというか許容力のようなものを持って接したいものですね。

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このページは、Daddyが2007年12月 6日 22:55に書いたブログ記事です。

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